岐阜地方裁判所 昭和38年(行)4号 判決 1966年9月12日
岐阜県羽島市竹鼻町二〇八番地
原告
株式会社大仏百貨堂
右代表者代表取締役
片野義一
右訴訟代理人弁護士
林千衛
名古屋市中区南外堀町六丁目一番地
被告
名古屋国税局長
奥村輝之
岐阜市加納水野町四丁目二二番地
被告
岐阜南税務署長
渡辺栄
右被告両名指定代理人
名古屋法務局訟務部長
川本権祐
同
名古屋法務局訟務部法務事務官
服部勝
同
岐阜地方法務局訟務課長
三輪完一
同
名古屋国税局大蔵事務官
市川有久
同
同
川村俊一
同
岐阜南税務署大蔵事務官
吉田武彦
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
一、原告
1 原告の昭和三五年一〇月一日から昭和三六年九月三〇日までの事業年度分の法人税および源泉徴収所得税について、被告名古屋国税局長が昭和三八年八月二三日付でした各審査決定を取消す。
2 原告の右法人税および源泉徴収所得税について、被告岐阜南税務署長が昭和三七年五月三一日付でした更正ならびに決定および同年八月二一日付でした各再調査決定をいずれも取消す。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決を求める。
二、被告ら
主文同旨の判決を求める。
第二、原告の主張(請求原因)
一、原告は、もと株式会社大仏百貨センターという名称で、岐阜県羽島市竹鼻町上鍋屋町三、〇六四番地において、小間物・菓子・玩具・化粧品・その他雑貨品の販売を営んでいたが、昭和三六年一一月三〇日、被告岐阜南税務署長(以下被告署長という)に対し、昭和三五年一〇月一日から昭和三六年九月三〇日までの事業年度(以下本件事業年度という)分法人税についての総所得金額につき、欠損が二七万六、〇三九円であると確定申告をしたところ、被告署長は昭和三七年五月三一日次のとおり更正ならびに決定(以下本件原処分という)をした。
1 法人税
総所得金額 三三三万〇、七三〇円
2 源泉徴収所得税
認定賞与額 二四六万円
そこで、原告は同年六月二九日被告署長に対し各再調査の請求をしたが、被告署長は同年八月二一日これをいずれも棄却する旨決定(以下本件各再調査決定という)した。
二、そこでさらに原告は同月二八日被告名古屋国税局長(以下被告局長という)に対し各審査の請求をしたところ、被告局長は昭和三八年八月二三日次のとおり被告署長のした右各再調査決定の一部を取消す旨決定(以下本件各審査決定という)し、その通知は同月三〇日原告方に到達した。
1 法人税
総所得金額 二五三万〇、七三〇円
2 源泉徴収所得税
認定賞与額 一六六万円
そして、右法人税審査決定通知書には「立退きについての補償金其他一切の費用として株式会社十六銀行から支払われた四、〇〇〇、〇〇〇万円は永田稔所有の家屋から立退いた貴社と片野義一(個人)とが家賃の比率九七…二四により按分して法人の帰属三、二〇〇、〇〇〇円片野義一(個人)の帰属八〇〇、〇〇〇万円とするを相当と認めます。」との理由が、右源泉徴収所得税審査決定通知書には「貴法人の法人税審査請求について審理しますと岐阜南税務署長の行った源泉徴収所得税の徴収決定処分には誤りがありますのでその一部を取消します。」との理由が、それぞれ記載してあった。
三、ところで、法人税の審査決定について、本件事業年度当時施行の法人税法(以下旧法人税法という)三一条の三(同族会社等の行為又は計算の否認)を適用したものであるならば、その旨理由中に記載すべきであるのに、これを欠く右法人税審査決定の理由は不備である。また、源泉徴収所得税審査決定通知書の前記理由のみではおよそ審査決定における理由の記載あるものとはいえないものであり、いずれも違法であつて各審査決定は取消を免れない。
四、さらに、原告の本件事業年度における総所得は欠損を出すほどで、課税処分の対象となる所得は全くなかつたのであるから、被告署長のした更正ならびに再調査決定および被告局長のした審査決定は違法であるから、右各処分の取消を求める。
第三、被告らの答弁および主張
(請求原因に対する認否)
一、請求原因一、二項の事実は認める。
二、その余の請求原因事実は否認する。
(本件課税処分の根拠)
一、被告署長が、原告の本件事業年度分法人税についての総所得金額を三三三万〇、七三〇円・右年度分源泉徴収所得税についての認定賞与額を二四六万円と認めて本件原処分ならびに本件再調査決定した根拠は次のとおりである。
(一) 原告は旧法人税法三一条の三が適用される同族会社に属するものであるが、同会社の代表取締役である訴外片野義一は、訴外株式会社十六銀行から原告に対する立退補償金として、昭和三五年一〇月一日に二〇〇万円、翌三六年一月三一日に二〇〇万円計四〇〇万円を受領しながら、これを片野個人が取得したものとして、原告の本件事業年度分の所得に計上しないで、原告主張のとおり確定申告をした。そこで、被告署長は旧法人税法三一条の三によりこれを否認し、右四〇〇万円は原告の本件事業年度分所得に計上すべきものとしたのである。また、片野は、受領した右四〇〇万円のうち一五四万円を原告に貸付け(原告は片野からの措入金として計上)、残余二四六万円を片野名義の土地購入、家屋新築等に使用しているので、被告署長は、右四〇〇万円を措入金名義の一五四万円とそれ以外の二四六万円とに分け、前者を「借入金不当」、後者を「雑収入もれ」として、それぞれ所得の認定をしたのである。その明細は次のとおりである。
法人税
1 所得増加となるもの(加算)
イ 売掛金もれ 七万四、九四六円
ロ 借入金不当 一五四万円
ハ 雑収入もれ 二四六万円計四〇〇万円
2 所得減少となるもの(減算)
ニ 旧法人税法九条五項による繰越欠損金 四六万八、一七七円右の加算、減算部分を合計差引し、原告申告にかかる欠損金二七万六、〇三九円を差引くと三三三万〇、七三〇円となる。これが原告の本件事業年度分法人税についての総所得金額である。
(二) ところで、「雑収入もれ」として認定した二四六万円は、片野が自由に費消しているので、原告が、一旦収入として二四六万円を受入れ、そのうえで片野に対し賞与を支給したのと同一の効果があるので、原告の決算確定の日たる昭和三六年一一月末日に片野に賞与を支給したものと認定した。これが原告の本件事業年度分源泉徴収所得税についての認定賞与額である。
そして、原告は、賞与の支給に対しては本件事業年度当時施行の所得税法(以下旧所得税法という)三八条により源泉所得税を徴収し、納付すべきであるのに納付しなかつたのでその額を同法四三条により原告から徴収し、同法五六条四項により源泉徴収加算税を賦課決定したのである。
二、被告局長が原告の本件事業年度分法人税についての所得金額を二五三万〇、七三〇円、右年度分源泉徴収所得税についての認定賞与額を一六六万円と認めて本件審査決定した根拠は次のとおりである。
(一) 訴外株式会社十六銀行は、同銀行の竹鼻支店を建設するため訴外永田稔所有の羽島市竹鼻町上鍋屋町三、〇六四番地の土地(以下本件土地という)およびその地上に存する同人所有の建物(以下本件建物という)を購入することになつたが、右建物には原告、片野ならびにその家族が居住し、原告が一階約三八坪のうち二六坪を店舗として使用し、片野らが二階二六坪全部を住居として使用し、原告と片野らが一階の残余部分一二坪を炊事場等として共同使用していたので、右居住者である原告と片野らに本件建物から立退いてもらうことにして、その補償およびその他一切の費用(以下本件補償金という)として、前記のとおり、四〇〇万円を支払つた。
(二) そして、原告は、立退によつて従前の営業用店舗、設備を失い、移転費用、休業期間中の固定経費を負担し、同期間中に在庫商品を腐敗減失させ、営業場所変更に伴う減収、利潤の喪失等の損害をこうむり、片野は、立退によつて、居住場所を失い、移転費用を負担する等の損害をこうむつたのであるから、右立退補償金四〇〇万円は原告と片野がそれぞれ受けとるべき権利を有するものである。
ところで、各人が受けた損失を個々に評価して誰れはいくらと計算することは困難なことであるが、被告局長はこれを当該建物賃借料の負担割合によつて計算するのが最も合理的であると考えた。けだし、居住者が過去において経済的な負担をした度合(賃料)は、尚建物の利用度合と同一とみるべきであり、右利用度合は立退によつてこうむる損失と同一であると判断するので相当があるから、他により合理的な方法によつて立退による損失を評価することができない場合には、各居住者の賃借料負担割合によりこれを按分するのが相当だからである。
これを本件についてみるに、昭和三四年一〇月から翌三五年九月までの間に原告が賃貸人永田稔に支払つた本件建物の賃料は二四万二、〇〇〇円であり、他方右期間に片野が原告に対し自己使用分として支払つた賃料は四万八、〇〇〇円である。したがつて、各賃料負担割合は原告が約八〇パーセント、片野が約二〇パーセントとなり、右割合により立退補償金四〇〇万円を按分すると、原告が三二〇万円、片野が八〇万円をそれぞれ取得すべきことになる。そうすると、借入金として原告の負債に計上されていた一五四万円は依然として変更しないのであるから、前記一、(一)1ハの「雑収入もれ」は一六六万円となり、また源泉徴収所得税についての認定賞与額も一六六万円となる。その明細は次のとおりである。
法人税
1 所得増加となるもの(加算)
イ 売掛金もれ 七万四、九四六円
ロ 借入金不当 一五四万円
ハ 雑収入もれ 一六六万円計三二〇万円
2 所得減少となるもの(減算)
ニ 法人税九条五項による繰越欠損金 四六万八、一七七円
右の加算、減算部分を合計差引し、原告申告にかかる欠損金額二七万六、〇三九円を差引くと二五三万〇、七三〇円となる。これが原告の本件事業年度分法人税についての総所得金額である。
なお、被告局長に対する本訴請求においては、原処分の違法を主張することは許されない。
(審査決定通知書の理由の付記について)
一、審査決定通知書の理由の付記の程度は、申告者の決算処理上の誤りを指摘し、申告者を納得せしめる程度に具体的に記載すればよいものであり、必ずしも法文を明記する必要はない(京都地裁昭和三一年(行)第一五号昭和三三年八月六日判決行集九巻八号一六〇五頁)。本件法人税審査決定通知書には、本件補償金の割合を定めた具体的基準および各人の帰属額を記録して一般人を十分納得させることができる合理的理由を明記しているのであるから、何らの違法もない(最高裁昭和三七年(オ)第一、〇一五号昭和三八年一二月二七日判決第一七巻一二号一、八七一頁)。
二、本件源泉徴収所得税審査決定通知書は、原告の被告局長に対する法人税ならびに源泉徴収所得税について一括提起された審査請求に対して行われた審査決定通知書であつて、前記の法人税審査決定通知書と共に同封のうえ、原告にあてて送達されたものであり、源泉徴収所得税の課税対象となつた認定賞与額は、前記のとおり、法人税の課税対象となつた総所得に包含され、かつ、同所得の利益処分の一態様をなすもので両者は相互に有機的に関連しているのであるから、原告は、源泉徴収所得税にかかる審査決定の理由についても十分了知しうるのであるから、本件源泉徴収所得税審査決定通知書の理由の記載に欠けるところはない。
第四、原告の答弁および主張
(被告らの右主張に対する認否)
一、被告ら主張事実のうち、原告が被告ら主張のような同族会社であること、片野義一が原告の代表取締役であること、永田稔所有の本件土地上に同人所有の本件建物が存在し、原告と片野らが本件建物の被告ら主張部分をそれぞれ使用していたこと、片野は、永田稔所有の本件土地、建物を購入した十六銀行から、立退補償金として四〇〇万円を受取つたこと、被告ら主張の売掛金もれが七万四、九四六円、同繰越欠損金が四六万八、一七七円、同欠損金が二七万六、〇三九円であることは認める。
二、その余の被告ら主張事実を否認する。
(被告らの主張に対する反論)
一、被告主張の立退補償金四〇〇万円は、片野個人が取得したもので、原告が取得したものではない。
すなわち、片野は昭和三三年一二月ごろ所得者永田稔と本件建物について賃貸借契約を締結し、それ以来前記のとおり居住していたが、原告は、別段永田稔ないしは片野と賃貸借契約を締結しないで、本件建物の一階約二〇坪を使用していたのである。これは原告が株式会社というものの片野の個人企業と全く変らなかつたからである。したがつて、本件建物の唯一の賃借人である片野だけが立退補償金四〇〇万円全額を受取る権利を有するのである。
なお、原告の決算書類には被告ら主張のような賃料名義の各科目が記載されているが、これは原告の委任した税理士が便宜記載したもので事実と相違する。原告の永田稔に対する右賃料名義二四万二、〇〇〇円の中には同人に対する生活補助費が含まれている。
二、旧法人税法三一条の三にあたる行為、計算であつても、具体的事実に照らし、税法あるいは税務行政の大原則たる「税務行政の公正な運営」「納税義務の適正かつ円滑な履行」などの観点からして、不当とみられないものに対して右条項を適用するのは許されない。
第五、証拠
一、原告
1 甲第一、二号証を提出し、証人永田稔、同内藤寿太郎の各証言を援用した。
2 乙号各証の成立を認めた。
二、被告
1 乙第一号証、第二号証の一ないし四、第三号証、第四号証の一ないし四、第五ないし第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二号証の一ないし六、第一三、一四号証を提出し、証人奥村幸利、同田中玉郎、同河野英一の各証言を援用した。
2 甲号各証の成立は不知と述べた。
理由
一、請求原因一、二項の各事実は当事者間に争がない。
二、被告らは原告の本件事業年度分法人税についての総所得金額は二五三万〇、七三〇円、右年度分源泉徴収所得税についての認定賞与額は一六六万円である旨主張するのでこの点について判断する。
原告は旧法人税法三一条の三が適用される同族会社であり、訴外片野義一が同会社の代表取締役であること、訴外株式会社十六銀行は同銀行の竹鼻支店を建設するため訴外永田稔所有の本件土地およびその地上に存する本件建物を購入することになつたが、右建物には原告、片野ならびにその家族が居住し、原告が一階約三八坪のうち二六坪を店舗として使用し、片野が二階二六坪全部を住居として使用し、原告と片野らが一階の残余部分一二坪を炊事場等として共同使用していたこと、それで片野は十六銀行から立退補償金四〇〇万円を受取つたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争がない。
そこで、右立退補償金四〇〇万円の帰属者およびその割合について考える。証人内藤寿太郎の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証、成立に争いない乙第三号証に証人河野英一の証言を総合すると、十六銀行は、本件建物から居住者が立退いてくれさえすれば本件土地を購入して同地上に支店を建設することができるところから、使用者たる原告居住者たる片野らに対し立退によつてこうむるべき損失に対する補償として前記四〇〇万円を片野に対して支払つたことを認めることができる。右事実からすれば、たとい原告主張のように本件建物の賃借人が片野であつたとしても、右立退補償金四〇〇万円は、現に本件建物を使用していた原告および片野の両名が受取る権利を有するものといえる。してみると、この点に関する原告の主張は理由がない。
そうすると、原告および片野が右四〇〇万円を如何なる割合で取得するものとみるのが相当であるかが問題になる。かような場合、本来ならば、使用者が本件建物から立退くことによつて生じる損害を個別的に算定し、その割合を基準にして各人の取得金額を決定すべきであるが、各人が受けた損害を個別的に評価、算定することは頗る困難である。いずれも成立に争がない乙第四号証の三、四・乙第八、九号証・証人奥村幸利の証言を総合すると、被告局長は、使用者である原告および片野が本件建物から立退くことによつてそれぞれ受けた損失を個別的、具体的に算定することができなかつたため、各使用者が本件建物について負担していた賃料の割合を基準にして各人の取得金額を算定するのが最も合理的であるとして、各人が支払つた賃料を調査したところ、昭和三四年一〇月から翌三五年九月までの一年間に、原告が支払つた本件建物の賃料は二四万二、〇〇〇円であり、片野が自己使用分として支払つた賃料は四万八、〇〇〇円であつたので、その割合を原告が約八〇パーセント、片野が約二〇パーセントと算定し、右割合に基づいて右四〇〇万円を按分し、原告が三二〇万円、片野が八〇万円をそれぞれ取得すべきものと認定したことが認められる。他に右認定を妨げる証拠はない。思うに、本件のように、各使用者が立退によつて受けた損害を個別的、具体的に評価、算定することができない場合には、特段の事情のない限り、各使用者が受けるべき立退補償金額は、当該建物について各使用者が負担した賃料の割合を基準にして、算定するのが合理的であると考えられる。けだし、各使用者は立退によつて当該建物に対する使用価値をそれぞれ奪われるのであるから、各使用者が立退によつて受ける損失の割合は、特段の事情のない限り、右使用価値に対する対価として支払われていた各賃料の割合と同一であると解せられるからである。従つて各使用者が誰に対して賃料を支払つたかということは問題にならないし、原告および片野のいずれが賃借人、または転借人であるかということは関係のないことである。そして、成立に争いない乙第四号証の三、四によれば、原告および片野が昭和三四年一〇月から翌三五年九月までの一年間に支払つた本件建物についての各賃料は、それぞれ二四万二、〇〇〇円と四万八、〇〇〇円であることが認められる。右認定に反する甲第二号証は成立を認めるにたる証拠がなく、又証人永田稔の証言は右各書証に照らして採用することができず、他に右認定を妨げる証拠はない。そうだとすると、被告局長が、旧法人税法三一条の三により、前記認定をしたのは相当であり、この点に関する被告らの主張は理由がある。
三、なお、原告は旧法人税法三一条の三にあたる行為、計算であつても具体的事案に照らし税法上不当とみられないものに対して右条項を適用するのは許されないと主張するが、本件の場合、如何なる事実が右に該当するのかについて具体的主張を欠き、それ自体失当といわなければならない。
四、そこで、原告の本件事業年度分法人税についての総所得金額を算定してみることにする。
被告ら主張の売掛金もれが七万四、九四六円、同繰越欠損金が四六万八、一七七円、同欠損金が二七万六、〇三九円であることは当事者間に争がない。そうすると、原告の本件事業年度分の所得として先きに認定された立退補償金三二〇万円に右売掛金もれ七万四、九四六円を加えた三二七万四、九四六円から、右繰越欠損金四六万八、一七七円ならびに右欠損金二七万六、〇三九円を加えた七四万四、二一六円を差引けば、原告の本件事業年度分法人税についての総所得金額は二五三万〇、七三〇円となり、これと同一の被告局長の認定は正当である。
五、次に、原告の本件事業年度分源泉徴収所得税についての認定賞与額を考えてみることにする。
成立に争いない乙第二号証の四によれば、片野は十六銀行から受取つた右四〇〇万円のうち一五四万円を原告に貸付けたことにして原告の借入金に計上していることが認められる。他に右認定を妨げる証拠はない。しかし残金二四六万円については原告に渡した証拠は全くないのであるから、片野が自由に費消したものと推認することができる。そして、右二四六万円のうち八〇万円は、前記のとおり、片野自身が立退補償金として受領する権利を有していたのであるから、これを差引くと、片野が原告に渡すべきであつたのに勝手に費消した分は一六六万円となる。これは、原告が一旦収入として右一六六万円を受入れ、そのうえで、片野に対し賞与として一六六万円を支給したのと同一の効果があるから、原告は片野に対し本件事業年度において一六六万円の賞与を支給したものと認めるのが相当である。してみると、これと同一の被告局長の認定は正当である。
六、ところで、原告は本件訴訟において原処分の違法を理由として原処分の取消のほかに裁決たる再調査決定、審査決定の取消をも求めている。しかしながら、行政事件訴訟法一〇条二項によれば、原処分の違法を理由として裁決の取消を求めることはできないのであるから、原告の本件再調査決定ならびに審査決定の各取消を求める訴は、本件原処分の違法を理由として主張するかぎり、主張自体失当であるといわなければならない。
また、本件原処分は、前記のとおり、被告局長の本件審査決定によつて一部取消され、法人税についての総所得金額三三三万〇、七三〇円は二五三万〇、七三〇円に、源泉徴収所得税についての認定賞与額二四六万円は一六六万円にそれぞれ変更されている。右はいずれも前記のとおり、当裁判所認定の総所得金額および認定賞与額と同一であつて何らの違法も存しない。
したがつて、右の点に関する原告の各主張ぱいずれも理由がない。
七、さらに、原告は本件審査決定各通知書記載の「理由の付記」には、不備欠の違法がある旨主張する。
本件審査決定の理由として、法人税審査決定通知書には「立退きについての補償金、其他一切の費用として株式会社十六銀行から支払われた四、〇〇〇、〇〇〇万円は永田稔所有の家屋から立退いた貴社と片野義一(個人)とが家賃の比率九七…二四により按分して法人の帰属三、二〇〇、〇〇〇円片野義一(個人)の帰属八〇〇、〇〇〇万円とするを相当と認めます。」と、また源泉徴収所得税審査決定通知書には「貴法人の法人税審査請求について審理しますと岐阜南税務署長の行つた源泉徴収所得税の徴収決定処分には誤りがありますのでその一部を取消します。」とそれぞれ記載されていたことは当事者間に争がない。
思うに、一般に、法が行政処分に理由を付記すべきものとしているのは、処分庁の判断の慎重、合理性を担保して、その恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立に便宜を与える趣旨に出たものと解されるから、その理由としては、請求人の不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにしなければならないところ(最高裁、昭和三七年一二月二六日判決集一六巻一二号二五五七頁、同三八年五月三一日判決集一七巻四号六一七頁等参照)、本件法人税審査決定通知書に記載された右理由には、いかなる科目にどれほどの脱漏があり、その金額はいかなる根拠に基づくものか、またそれはいかにして算定されたかを明示しているのであるから、旧法人税法三五条五項にいう理由付記の要件を満たしているものと認められる(なお、右理由中、四、〇〇〇、〇〇〇万円は四、〇〇〇、〇〇〇円の八〇〇、〇〇〇万円は八〇〇、〇〇〇円のそれぞれ誤記と認める)。また、源泉徴収所得税審査決定通知書に記載された理由の付記については、前記のごきと記載のみでは旧所得税法四九条六項にいう理由の付記としては不十分であるが、いずれも成立に争いない乙第五号証、第八、九号証によれば、本件源泉徴収所得税審査決定通知書は、原告の被告局長に対する法人税ならびに源泉徴収所得税について一括提起された審査請求に対して行われた審査決定通知であることが認められるのであつて、また、右各通知書が昭和三八年八月三〇日原告方に到達したことは当事者間に争がない。そうすると、原告の本件事業年度分源泉徴収所得税についての認定賞与額は、右年度分法人税についての総所得金額と密接な関係があること前記認定のとおりであり、右認定賞与額が八〇万円だけ減額された理由は右総所得金額が八〇万円減額された理由と全く同じであるところ、本件源泉徴収所得税審査決定通知書に付記された理由は、本件法人税審査決定通知書に付記された理由と相俟つてその決定に到達した過程を明らかにしているものといえるから、それで足りるというべきである。
したがつて、この点に関する原告の主張は採用することができない。
八、よつて、原告の被告らに対する本訴各請求はすべて理由がないから、これをいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 丸山武夫 裁判官 川端浩 裁判官 大津卓也)